現代都市政策研究会2024年度真鶴合宿感想 その1
都市研2024真鶴合宿に参加して
T. I.
真鶴町といえば、やはり「美の条例」である。条例施行から30年を経て、町はどう変わったのだろうか? 施行後間もない頃に見た街並みを思い返しながら降り立った真鶴駅前の景色は・・・、拍子抜けするほど昔のままなのでした。
内心あれれ、と思いつつ駅前の食堂で役場の卜部さんや都市研の皆さんと合流。この店、一見よくある地方の古びた駅前食堂そのものですが、移住者の方が数年前に始めた本格ナポリピッツァ店。外の看板やPOP、家具調度類などはオシャレでちょっとアメリカンな感じです。おや? 真鶴町は実は大分変わっている? いや、やっぱり変わっていない?
ピザの昼食のあと、卜部さんの案内で真鶴港を囲む急斜面に形成された真鶴の街並みを少しずつ下りながら、主に30~40代位と若い移住者の方々を訪ねていきました。細いセトミチ沿いに密集する家並みや、そこから眺める海を望む風景には、やはり大きな変化はないように感じられました。しかし皆さんから伺うお話や、拝見したお店や仕事場、お住まいの様子などからは、この小さなまちに新しいビジネスやライフスタイルの種が蒔かれ、芽吹きつつあり、それを地元の方々も見守り、時にちょっと助けたり、助けられたり、あるいは少し距離をとったりもしながら徐々に受け入れ、そうしたまちの状況に馴染みつつある。そんな変化、新しいまちづくりの胎動が垣間見えたように感じました。
さて、「美の条例」で真鶴町はどう変わったのか? あらためて考えてみたいと思います。「拍子抜けするほど変わっていない」ように見えた街並みは、このユニークな条例が話題となった当時の“熱気”…「美の基準」をガイドラインとして、地域性を反映した良好な街並み景観やコミュニティ、自然環境などの保全、創造が活発に推進されていくという期待感…を思うと、いささか物足りなくもあります。しかし卜部さんは、「美の基準」は順守すべきガイドラインではなく、町民(建築主、開発者)と向き合って真鶴町らしさを共有し、それを保全、創造する知恵や工夫を引き出すツールである、という趣旨のお話をされていました。そしてまち歩きでは、そうした対話と工夫の30年間の痕跡が、実はまちのそこここにあるのだということがわかりました。真鶴町の街並みは、年々そうした対話と工夫が積み重ねられて、「変わらないように」変わってきたのですね。
そして、この条例や「美の基準」が、今回お会いした若い移住者の方々に良く知られ共感されていることが、とても印象的でした。「美の基準」をあらためて見返してみると、町民目線による真鶴町の“宝もの集”のようでもあります。移住先を探してここを訪れた彼らにとって、そんな「美の基準」は、まちへの理解を助ける格好の教科書となり、彼らが好ましく感じた何気ない風景や雰囲気など、無形であいまいな一見ありふれたものを言語化し理解することで、ここを気に入った自分の感性を信じて移住の意思を固める後押しとなったのではないか、とも思えます。もしそうだとしたら、今や「美の条例」は、移住促進のツールともなっていて、移住者たちが創り出す新しいしごとやくらし方を通じて、このまちに新たな内なる変化を静かに起こしつつあるのかも知れません。
拍子抜けするほど昔のままに見えた真鶴町は、実は「美の条例」によって未来に向けて静かに変化を続けているようです。
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